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目的をもった木版画体験希望者のための特例講義

木版画体験教室に参加する人の多くは、
ずっと興味があったので「一度はちゃんとトライしてみたい」
と思っていた、という人。これが一番多いパターンです。

そういう人のほとんどは、「特に美術が得意な訳ではない」らしい。
かならずのように「絵は描けませんが、大丈夫ですか?」と添える人がほとんど。

それでも、木版画には長年ずうっと興味があり、
また、木を彫ってみたいという気持ちがあったといいます。


でも、中には
・木版画にはどうやって沢山の色がつけられるのか、知りたい。
・木版画の「ぼかし」に惹かれるので、そのやり方を知りたい。
・浮世絵の精緻な版画技術のことを体験してみたい。
といったように、目的を絞った体験を希望する人もちらほらあるのです。

長年漠然と心の奥にあったのぞみを実現しようとするのだから、
短時間とはいえども、なるべく希望に沿ってあげたくなります。


上図の方は、「多色の原理とぼかし」を、とはっきりと希望を指定されました。
そこで、多色の最低の版数の2版で体験作品づくりをすることになったのです。

「ワンデイ」といえど、実質的な作業時間は6時間半。
「ハーフデイ」なら、その半分の3時間半しか時間はありません。
したがって、込み入った図柄は遠慮してもらって、
シンプルな幾何学模様で画面構成してもらいました。

◯△□、それに動きを加える「波線」。
多色木版画の原則は、一色につき版木一枚です。
この作品は基本の色が、青・黄・緑だから三つの版が必要になりそうです。

でも、実際に使用する版は二版で済ませています。
黄色で一版。青と緑で一版。裏表使うから版木自体は一枚で済みます。
青と緑との間は離れているので、色を付けるときも混じり合わないで作業できます。
それで、同一の版に二色、版を取ることができるのです。

黄色を摺って、青を摺って、緑を摺って。
青の天と、緑の地には、基本の「ぼかし」である「一文字ぼかし」が紫で入っています。

この図柄の位置を正確にするために、トレシングペーパーで下絵から「版下」を作り、
図柄の枠の外側に「見当」を入れてあります。

各色版の位置を正確に決めるために、「見当」は多色木版画の基準になる部分です。
ぼかしも、実は「見当」があるから、ずれないで正確なぼかしが摺り取れるのです。

この生徒さんの体験作品は、摺りの回数が五回になりました。
わかりますか? 黄色→青→緑→紫の一文字ぼかし(天)→紫の一文字ぼかし(地)。
これで五回摺っています。こういうのを「二版五回(色)摺り」といいます。

では、質問です。このページのトップを見てください。
タイトル下のアイキャッチ画像「月下美人と猫」は、何版何回(色)摺りでしょうか?

答えは、「七版九回摺り」でした。


多色木版画のメインの版木は「主版(おもはん)」と呼び、
色の数だけ各「色版」をつくる

最初の生徒さんの図柄は幾何学模様でしたが、
今度の生徒さんの図柄は有機的図柄です。「ユリの花」です。
多色版の色の重ね方を知りたい、との要求でしたので二色版にしました。

描画でものを描く時は、形が滲んだり、途中がとぎれたりしていてもかまいません。
それ自体が描画表現になります。

しかし木版画の場合は、下図の後「版下」を取るときには、
しっかりとした輪郭線で、途中に線の切れ目ないラインで形を取ります。
なぜなら、木版画の版下の線は「彫り作業の目安線」になるからです。

図柄の単純・複雑に関係なく、機械的な隙間のない線で描きます。
この作品では、ユリの花の形の輪郭線と背景の4つのコーナ角を
黒の陽刻彫りで彫ることにしました。

これが全体の形を決める線彫り版でメインの版になります。
それでこの版のことを「主版(おもはん)」と呼びます。
主版は、基本的に形の輪郭を線として残した「陽刻」の版木です。

この主版の形を別の版木に転写し、色版をつくるのです。
この作品の場合は、背景とユリの花粉の部分を黄色版にし、
二版二色摺りの作品で仕上げています。

このユリの花は、形がやや複雑な陽刻版なので、
体験時間内に彫り上がるか実のところ心配でした。
しかし、馬力のある壮年男性だったので、無理なく二版彫り上げてくれました。

摺りは基本的に、淡い色、明るい色から濃い色、暗い色への順序で摺り重ねます。
ユリの花は、最初に黄色版、次に濃紺版の二度摺りで完成しています。


木版画の特徴的な表現法である「ぼかし」を覚えたい

【木版画の「ぼかし」というのを覚えたいんです】
有名な公募展の会期中に合わせて、地方から上京して来られた絵描きさん。

新聞紙を使った下絵作成の描線も、その筆の動きは伸びやかです。
イメージ画かと思ったら、窓辺の鉢の小さな草を一部拝借とのこと。

ほんとだ! 小さな草の一部がズームアップ表現されているのでした。
さすが絵描きさん! 

構図意識も確かで、あっという間に「版下」ができ上がりました。

全体は、モチーフの緑と背景の黄色との二色木版画(多色木版画)。
モチーフの葉の部分の白線は、単色木版画の手法を取り入れています。

最初に背景の黄色を摺ります。
その天の部分に、オレンジの幅広の「一文字ぼかし」を摺り重ねます。
オレンジの色合いをもう少し濃い目につくると、ぼかし効果はアップします。
そのあたりは、作者の色のバランス感覚次第です。

次に二版目、モチーフの基本色である黄緑をまず全面摺りします。
必要な摺り枚数分を、まずこの段階まで摺ってしまいます。

必要な枚数が摺り上がったら、大きな葉の中央部分に濃い緑のぼかしを入れます。
ここのぼかしは、「あてなしぼかし」と呼ばれるぼかし方です。
最後に下方の葉に今度は「片ぼかし」で緑をぼかし入れます。

この一枚の作品の中に、三種類の「ぼかし方」が応用されているのですね。

描画と違って、木版画は色面を基本にモチーフを表現します。
細かなタッチの変化やにじみなどといった描画表現はむずかしいのです。
そんな木版画だからこそ、「ぼかし」のパワーは絶大で、効果的な表現法になります

見知った浮世絵木版画を思い出してみてください。
安藤広重など、「藍」を中心にした「ぼかし技法」の表現が、
これでもかっていうくらいに多用されているのを見るでしょう。




「ぼかし」効果が絵の核心を生み出しているのを鑑賞しましょう

「ツグミと柿」
この作品では、葉っぱの部分にも「ぼかし表現」は多用されているのですが、
なんといっても背景の中央部を、大きなぼかしで表現しており、
しかもその表現が、この作品の核心部分となっています。

幅の広いぼかし方は、一旦極薄の背景色で全面摺りをした後、
天の背景のぼかし、地の背景のぼかし
ぼかし具合の調整で、中央部分を布やティッシュで拭きぼかしも。

かなり手の混んだぼかし作業が施されています。
こうした「ぼかし」は版画特有の技法です。

興味を感じる人は、一度体験してみることをおすすめします。


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